第一回紹介作品
タイトル
『となりのトトロ』
昭和63年(1988年)、監督:宮崎 駿、アニメーション 86分
紹介者
栗原好郎
作品の解説
テレビがまだ普及していなかった昭和32年頃の日本の農村風景。古い田舎家があり、繁った鎮守の森もあった。雨がふったら泥んこになる道、引越しの車もあの懐かしいオート三輪。塚森に住む不思議な動物トトロたちと、サツキとメイという共に五月を表す名前を持つ姉妹との交流を中心に物語は展開する(サツキというのは陰暦五月の雅語であり、メイというのは英語で五月を意味するMayからきている)。
考古学者の彼女たちの父、サナトリウムで静養中の母、優しいお婆ちゃん、純情な少年カンタ、さらに風のように疾走するネコバスなどが脇を固める。カメラはあくまでも子供たちの目線に据えられ、大人との歩幅の違いまで丹念に計算されて描かれている。さらに宮崎は、それまでのアニメーションが避けてきた樹木や草花を正確に描写すること、風土や季節感を表現することなどを新たに追及し、見る者に懐かしさを感じさせる日本の風景を描くことに挑戦した。彼自身、「国籍不明の作品ばかり製作してきて、日本にできた借りを返したかった」と製作動機を語っている。
トトロは架空の生物であるが、ネコバスと同じように子供にしか見えないという設定になっている。むしろ森の精といった方がいいトトロや、古い家のススワタリなどという精霊がでてくる。万物には神が宿るといういわゆるアニミズムがこの作品の底流には流れているのである。アニミズムはアジアやアフリカ、さらに中南米などの土俗信仰では今も生きているが、一神教のキリスト教世界であるヨーロッパでは宗教の領域から追放され、お伽話の中の妖精という形で生き延びた。
この作品では、こうした西洋の妖精のようなチャーミングな存在としてのトトロを造形している。それと同時に土着にアニミズムの神々のような守護神的な信頼感を兼ね持つトトロは、いつも身近にいて子供たちを守っている。まさに「となりの」という形容詞がそのことをよく暗示している。
自然破壊が進む中、自然の万物に霊性があるというこうしたアニミズムの考え方は、われわれに人類最大の課題を解く鍵をあたえてくれているのかもしれない。トトロの好物はドングリであるが、フランスの作家ジャン・ジオノが書いた「木を植えた男」もドングリを植える話であり、いわゆる照葉樹林文化という広大なテーマへとつながる何ものかをこの作品は含んでいる。人種の違いを超えた文化圏の形成へとつながる何かを。