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第9回紹介作品

タイトル

『硫黄島からの手紙』
2006年、監督 クリント・イーストウッド 141分

紹介者

栗原好郎

作品の解説

硫黄島からの手紙

 クリント・イーストウッドは、俳優出身の監督としてアメリカ、とりわけ映画業界では信用のブランドだ。 アカデミー賞の選考委員会も最敬礼で彼の新作を迎える。

 その映画界の寵児が、硫黄島の戦いをアメリカと日本の両方の視点から撮ったとあれば、アメリカはおろか、 その「植民地」である極東の小国でも話題にならないわけがない。 資料を丹念に読み、考証を重ねながら完成した作品らしいが、アメリカの退役軍人らの偏見に満ちた抵抗も当然あったはずだ。 退役軍人に限らずアメリカには、広島、長崎への原爆投下を肯定し、人種差別的意識をむき出しにする勢力は、決して少なくはないはずだ。 その意味では、第二次大戦の激戦として知られる硫黄島の戦いを公平に描く、という画期的な離れ業をイーストウッドは成し遂げたと言っていい。

 栗林忠道という司令官を初め、日本兵の一人ひとりの性格付けまで、等身大の人間を描くという根本理念に貫かれたこの作品を、 やっとここまで来たか、と深い感慨と共に見終わった人も多いかもしれない。 それまでの映画に通例だった、意味のないセリフを吐き、怒号を飛ばす、残虐な日本兵というイメージは、この作品からは浮かび上がってこない。 淡々として妙に感情移入できない映像の厳格さが画面にみなぎっていた。

 この作品は日本が作るべきだった、とする意見もあるようだが、もしそうなっていたら、どういう反応が出ただろうか。 近隣のアジアの諸国はこぞって日本批判を始めるだろうし、映画そのものの評価より、敗戦国日本が自ら引き起こした戦争を肯定し、美化しているとの誤解を生むことは間違いない。 作ったのがアメリカ、さらに業界の寵児イーストウッドであったのが幸いだったのだ。

 強い者には巻かれろ風の処世術は国際政治の世界にも当然浸透しているし、戦後史は勝者が作ってきたというのは歴史が証明している。 硫黄島を奪取することで日本本土を射程に入れた攻撃が可能になったアメリカは、東京大空襲を行い、広島、長崎に原爆を落とした。 戦後、そのアメリカに譲歩する形で戦争映画は作られてきたと言って過言ではない。

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