第113回紹介作品
タイトル
『希望の国』
2012年、 監督 園子温 133分
紹介者
栗原好郎
作品の解説
福島の原発事故が時の経過と共に、人々の記憶から忘れられようとしている事に危惧の念を抱く園監督は、前作『ヒミズ』から『希望の国』の中で、執拗に原発事故の真実に迫ろうとしている。 現地へ何度も赴き、被災者にもインタヴューしながら、事実としての原発事故の集積から、原発事故の真実を暴き出す。
この作品の完成後、惜しまれながら亡くなった夏八木勲の演技は特筆すべきものがあるが、ラストで彼の家が一気に燃え上がる場面や庭に植えた彼らの木が枯れ木だったりするところは、まさにタルコフスキーの『サクリファイス』を想わせる。 底知れぬ絶望の中にあっても、希望は残る。 それは未来への意志。 タル・ベーラの『ニーチェの馬』が、何の救いもない黙示録的世界を表しているのに対し、この『希望の国』には破壊の後にも希望へとつながる何かがある。
園より一つ下だが、彼とは対照的な撮り方をする監督に是枝裕和がいる。 それは黒澤明と小津安二郎との関係に似ている。 動と静の映像宇宙。 園はテーマが社会性を帯びているゆえ、大島渚との関係も取りざたされているが、私はむしろ、黒澤に比したい。 漲るような若い情熱が園の映像には溢れていて、とても中年の監督の作品とは思えない。
しかし、今回の『希望の国』は、いつもと異なり、抑えたトーンで貫かれている。 がんに侵され死期の近い夏八木の演技には、そうした激情を排除するものがあった。 共演の妻役の大谷直子も、死に至る病を克服しての名演であった。 ただ監督は行政への激しい批判の手は決して緩めない。 震災及び原発事故の記憶が、時間とともに薄らいでいく事に危惧を抱き、激しい怒りを内に秘めた言葉を夏八木は絞り出すように吐く。 それまでの子温ワールドからは想像できないような抑制された演技が、ポエジーを醸し出す。 事実と真実とは異なる。 事実の集積の上に真実はない。 また、科学的に説明された事実と、被災地の住民感情とは大きな隔たりがある。 そうした事に改めて気づいた監督は、いつもの過剰な表現を避け、むしろ淡々と語りかける事で、観客の脳裏に被害の実相を刻み付ける。 そして自ら考え、行動する事を観客に促す。