第139回紹介作品
タイトル
黒澤の『八月の狂詩曲』
1991年、 監督 黒澤明 98分
紹介者
栗原好郎
作品の解説
1991年のカンヌ国際映画祭で特別招待出品作として上映された黒澤明の作品だが、日本への原爆投下、それも広島ではなく長崎への投下を背景に物語が展開する。 もちろん、戦時中の長崎の惨状を描いたものではないが、戦後しばらく経って、原爆への意識が薄れかけた現代において、核が持つ意味を改めて問いかけてくる作品だ。
長崎市街から少し離れた山里に住んでいるおばあちゃんの下に、夏休みを迎えた4人の孫たちがやってくる。 都会の生活に慣れた孫たちには田舎の生活は当初は退屈なものだったが、そうした中で長崎が被った戦争の被害、とりわけ原爆の傷跡を見たり、 おばあちゃんの昔語りを聞いたりするうちに、先の戦争を意識して行くことになる。 黒澤は核の脅威というテーマで、 『生きものの記録』(1955年)という作品を撮っている。 この作品が公開された頃の日本はまだ戦争の傷跡が生々しく残り、人々の意識の中にもまだ戦争は生きていた。 その前年の1954年には「第五福竜丸事件」が起こり、水爆実験による死の灰を浴びた漁船への関心は高まり、この被爆をヒントに怪獣映画の古典『ゴジラ』も作られた。 黒澤の関心はそれ以後も怒りに近い形で高まっていった。 長崎への投下は何のために。 広島への投下ばかりが強調される中で、その理不尽さが『八月の狂詩曲』を撮らせたのだろう。 もちろん、投下したアメリカではこの作品は評判が悪そうだが。