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第143回紹介作品

タイトル

『幸福の黄色いハンカチ』
1977年、 監督 山田洋次  108分

紹介者

栗原好郎

作品の解説

赤いスポーツカーが北海道の原野を走る。 運転しているのは九州からやってきた工員の欽也。 彼は網走駅前で朱美をハントする。 二人は海岸で中年の男、島勇作と知り合い、一緒に旅をすることになる。 滑稽でいささか軽薄な欽也と、屈折した人生を送ってきた勇作とが、 旅慣れるに従って馴染んでいく。 やがて勇作の過去が明らかにされる。 夕張炭鉱での事件がもとで服役し、二日前に網走刑務所を出所したばかりであることが分かる。 勇作は服役中に妻に離婚を申し出たが、やはり、妻光枝の事が忘れられず、もし今でも自分を待っていてくれたら、自宅の前の竿に黄色いハンカチを結び付けておいてくれるように、葉書を書いた、と言う。 車が夕張に近づく。果たして黄色いハンカチはあるのか?

「海援隊」の武田鉄矢が俳優としてもその才能を世に知らしめた作品である。 寡黙で剛直な勇作と、おっちょこちょいだがお人好しの欽也、 さらに愛らしいがちょっと抜けている朱美の3人が織りなすロード・ムービーである。 原作はピート・ハミルが「ニューヨーク・ポスト」に発表したコラム。 それをもとに寅さんシリーズで長らくコンビを組んできた山田洋次と朝間義隆は感動のストーリーを書き上げた。 『下町の太陽』(1963年)から14年後の、渋く年輪を増したこの作品は山田監督の代表作の一つになった。 倍賞千恵子は『下町の太陽』にも出演していて、両作品共に愛を打ち明けられる役柄であるが、勇作がスーパーのレジにいる光枝になかなか自分の気持ちを打ち明けられないのに対して、 『下町の太陽』では、倍賞の相手役の勝呂誉はむしろ積極的に思いを打ち明ける。 その率直さは戦後日本の象徴だったかもしれないが、 「胸が痛い。愛のために胸が痛い」などというセリフを大真面目に言わされていたわけで、それは極めてリアリティに欠けた観念的なものになっていた。 一方、『幸福の黄色いハンカチ』では、言えない事は言わせないまま、その思いだけを濃密に浮き彫りにする描写力を身に着けて、山田の作風は成熟している事が良く分かる。 山田は少年時代に観て感動した映画として、稲垣浩監督、阪東妻三郎主演の『無法松の一生』(1943年)を挙げているが、言いたい事を言わないでそっと心の奥にしまっておく無法松の態度は確実に山田作品に反映している。 それは、『遙かなる山の呼び声』(1980年)や一連の『男はつらいよ』シリーズ、そして何よりもこの『幸福の黄色いハンカチ』の高倉健演じる勇作の内向した態度に表れている。 無口で孤独感漂う高倉健と、饒舌でコミカルな武田鉄矢の演技の好対照。

さて、山田監督と言えば、まず『寅さんシリーズ』だろうが、寅さんの行くところ、大都会はない。 寅さんの歩くのは、くねくね曲がった村里の道やあぜ道が多い。 山田が満州から引き揚げてきた時、最初に目に付いたのは農村の細い曲がりくねった道だった。 満州の広野を突っ走る真直ぐな道と何と違う事か。 これが日本だと思い、心和むものを感じた事が原体験となり、山田作品の舞台は地方が多い。 本作品も例外ではない。

    

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