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第157回紹介作品

タイトル

「赤狩り」時代の映画作家たち 〜ワイラー・ロージー・カザンを中心に〜 その4

紹介者

栗原好郎

作品の解説

【ロージーの闘い】

ワイラーやカザンが、立場は異なるものの、アメリカで映画制作を続けたのに対し、ハリウッドを去り、ヨーロッパで創造活動を続けたのが、ジョセフ・ロージーだった。 帰ろうと思えば帰れる状況になっても、ロージーはアメリカに戻ろうとしない。 彼は若い頃、『緑色の髪の少年』(48年)などによってアメリカの現実に鋭く迫ったが、今度は、イギリスの階級社会とそこに生きる人間に対し、鋭い眼差を向ける。

ロージーは、イギリスの劇作家ハロルド・ピンターのシナリオで三本の作品を撮る。 63年の『召使』、67年の『できごと』、71年の『恋』。 上流階級に寄生する人々や成り上がろうとする人々を描き、その中にうごめく階級間の葛藤、対立を怜悧な眼でえぐりだす。 ただ、上層、下層というニ項対立の図式は彼の作品には当てはまらない。 一見、下層階級の醜さ、卑しさ、愚かさなどを強調しているように見えるが、実はそうした下層の人々の姿は、偽善という仮面の下に隠された上流階級の人々の実相の反映であるのだ。 支配する側もされる側も、人間が人間を隷属させるような社会が続くかぎり、こうした醜悪な側面を引きずっていくことになる。

『召使』では、特に主人と召使の関係が逆転する場面があるが、そのことによって社会への矛盾を摘発する方向には向かわず、ますます閉鎖的に主従の関係が複雑化していくだけである。 体制そのものには何ひとつ影響することはない。 相も変らず、階級社会は生き続け、その因習は旧態以前のままである。 と言って悲観的な姿勢かというとそうでもない。 妙に理想主義的にならないところがいい。 上昇指向の強い召使を好演していたのはダーク・ボガード。 彼は、次の『できごと』という作品でも失われゆく若さに執着する大学教授を演じたが、卑しさと高貴さの入り交じった感情を表現できる数少ない俳優のひとりだろう。

そして、ロージー=ピンターのコンビが最後に撮ったのが『恋』。 原題は『The Go-Between』であるが、それは大きく分けて次の三つの意味に分かれる。 (1)媒介人、仲立人、仲人 (2)悪い意味での男女の仲介者、不正取引の媒介者 (3)代弁者。 このすべての意味を兼ね備えた主人公が、年を経て若い頃を回想するという設定だが、牧歌的なイギリスの田園風景を背景に、貴族の退廃が、感受性豊かな少年の目を通して描かれていて佳作だった。

【終わりに】

1947年10月の非米活動委員会の聴聞会に端を発したハリウッドの「赤狩り」はさまざまな悲劇を生んだ。 その間、アメリカは1964年8月にヴェトナム民主共和国への爆撃を強行し、翌1965年2月からそれは全面的に拡大され、日常化していった。 いわゆるヴェトナム戦争の始まりである。 ケネディ、ジョンソン、ニクソンと続く大統領の下でアメリカ国民は政府に裏切られ、アメリカの「正義」「理想」「民主主義」への幻滅と不信が広がった。

一方、1960年代の後半から反戦平和の戦いがかつてない盛り上がりを見せていく中、ケネディが標榜した「リベラリズム」への失望から「ラディカリズム」の潮流が生まれた。 人種差別反対闘争も年ごとに激しくなり、同時に、マッカーシー時代に事実上非合法に追い込まれたアメリカ共産党の再建も進んだ。 こうしたアメリカの変化は映画界にも及び、「アメリカン・ニュー・シネマ」と呼ばれる新しい波を生んでいく。 いわゆる「赤狩り」からの解放である。 弾圧されていた多くの映画人が、次々と映画界に復帰することになる。

「赤狩り」への3つの典型的な処し方として取り上げたワイラー、カザン、ロージーの三人の生き方も、今となってはそれぞれ苦渋に満ちた選択だったと言えるかもしれない。 ただ、カザンに対する反発が今だに強いのは、やはり、友人への裏切りという形をとった彼の生き方が支持されなかったことを意味している。 この「赤狩り」時代の記憶を映画化したものに、アーウィン・ウィンクラー監督、ロバート・デ・ニーロ主演の『真実の瞬間(とき)』(1991年)がある。

【参考文献】

1.佐藤忠男「現代アメリカ映画」1970、評論社
2.「世界の映画作家 P カザン/ロージーと赤狩り時代の作家たち」1972、キネマ旬報社
3.「季刊リュミエール 第三号 特集『ハリウッド50年代』」1986、筑摩書房
4.陸井三郎「ハリウッドとマッカーシズム」1990、筑摩書房
5.吉村英夫「ローマの休日 ワイラーとヘプバーン」1994、朝日文庫
6.ミシェル・シマン「追放された魂の物語〜映画監督ジョセフ・ロージー」、中田秀夫・志水賢訳、1996、日本テレビ

    

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