第160回紹介作品
タイトル
建国神話としての西部劇 〜1950年代の作品『シェーン』を中心に〜 その3
紹介者
栗原好郎
作品の解説
20世紀はアメリカの世紀と言っても過言ではないが、その輝かしい建国神話を高らかに歌い上げたのが西部劇だった。 1910年代に活躍した西部劇スターのウィリアム・S・ハートは次のように言っている。 「西部劇というものがヨーロッパの人々にとってどれほど意味のあるものか、わたしにはわからない。 しかし、アメリカを母国とするわれわれにとって、西部劇はまさに国民生活のエッセンスそのものなのだ」
ビリー・ザ・キッドのような悪漢ですら西部の自然と格闘したロマンの男となるくらい、西部劇というのはアメリカのパイオニア精神の原点なのである。 『駅馬車』(1936年)のジョン・ウェイン、『荒野の決闘』(1946年)のヘンリー・フォンダ、『真昼の決闘』のゲイリー・クーパー、そして、『シェーン』のアラン・ラッドと、 アメリカの映画スターは即、西部劇スターなのである。 ただひとりの例外がケーリー・グラント。
しかし、朝鮮戦争やベトナム戦争などによりアメリカの正義が地に落ちることで西部劇も衰退していく。 ただ「赤狩り」の時代には、暗い世相から逃避するように、「古き良きアメリカ」を彷彿とさせる西部劇が作られた。 信頼と正義のドラマが、こうした疑心暗鬼の時代に作られたことは、映画が時代を映す鏡であるとともに、庶民の夢でもあることを実によく表している。 徹底したリアリズムに貫かれた『シェーン』などはその代表的な例と言えるだろう。 これは西部劇ではないが、あのおとぎ話のような『ローマの休日』も、暗い50年代の作品であることを考え合わせると、実際に描かれている物語の裏に透けて見える「真実」というものを考えざるをえない。 映画の「真実」を見極めることは、映画が作られた時代の「真実」を見極めることにもつながるのである。
【参考文献】
1.佐藤忠男「現代アメリカ映画」、1970、評論社 2.岡 俊雄編「西部劇の世界」、1971、荒地出版社 3.増淵 健「西部劇」、1972、三一書房 4.「世界の映画作家16、西部劇の作家たち、ジョン・フォード/ハワード・ホークス /サム・ペキンパーほか」、1972、キネマ旬報社 5.「世界の映画作家17、カザン/ロージーと赤狩り時代の作家たち」、1972、キネマ旬報社 6.佐藤忠男「映画と人間形成」、1973、評論社 7.「世界の映画作家28、アメリカ映画史・エディスンからニューシネマまで」、1975、キネマ旬報社 8.「ああ神話のスターたち〜グラフ・アメリカ映画史」、1977、朝日新聞社 9.P・ボグダノビッチ「インタビュー ジョン・フォード 全生涯・全作品」(高橋千尋訳)、1978、九藝出版 10.田中純一郎編「映画なんでも小事典」、1980、社会思想社(現代教養文庫) 11.猿谷 要「西部開拓史」、1982、岩波書店(岩波新書) 12.R.H.ロービア「マッカーシズム」(宮地健次郎訳)、1984、岩波書店(岩波文庫) 13.リンゼイ・アンダースン「ジョン・フォードを読む」(高橋千尋訳)、1984、フィルムアート社 14.蓮實重彦「映画はいかにして死ぬかー横断的映画史の試み」、1985、フィルムアート社 15.「季刊リュミエール 第三号 特集『ハリウッド50年代』」、1986、筑摩書房 16.ダン・フォード「ジョン・フォード伝」(高橋千尋訳)、1987、文藝春秋 17.川本三郎「ハリウッドの神話学」、1987、中央公論社(中公文庫) 18.鶴谷 壽「カウボーイの米国史」、1989、朝日新聞社(朝日選書) 19.川本三郎「ハリウッドの黄金時代」、1989、中央公論社(中公文庫) 20.鶴谷 壽「増補・アメリカ西部開拓博物誌」、1990、PMC出版 21.佐藤忠男「アメリカ映画」、1990、第三文明社 22.マックス・イヴァンス「ケーブル・ホーグの男たち〜遥かなるサム・ペキンパー」(原田眞人訳)、1991、めるくまーる 23.「世界 シネマの旅 1」、1992、朝日新聞社 24.乾 英一郎「スペイン映画史」、1992、芳賀書店 25.「Le Western」、1993、Gallimard(coll.<tel>) 26.「世界 シネマの旅 2」、1993、朝日新聞社 27.陸井三郎「ハリウッドとマッカーシズム」、1996、社会思想社(現代教養文庫) 28.リチャード・M・ドーソン「語りつがれるアメリカ」(松田幸雄訳)、1997、青土社 29.井上一馬「アメリカ映画の大教科書(上・下)」、1998、新潮社 30.蓮實重彦・山内昌之「われわれはどんな時代に生きているか」、1998、講談社(講談社現代新書) 31.ガーナー・シモンズ「サム・ペキンパー」(遠藤壽美子・鈴木玲子訳)、1998、河出書房新社 32.蓮實重彦・武満 徹「シネマの快楽」、2001、河出書房新社(河出文庫) 33.逢坂 剛・川本三郎「大いなる西部劇」、2001、新書館