第163回紹介作品
タイトル
ヒッチについて私が知っているニ、三の事柄 〜1950年代の作品を中心に〜 その3
紹介者
栗原好郎
作品の解説
ブロンドの美女好みのヒッチが、おそらく一番愛したであろうのが、「クール・ビューティ」ことグレイス・ケリー。 彼女は『ダイヤルMを廻せ!』(1954年)でヒッチ映画にデビューする。
深夜、電話が鳴ってグレイスが起き上がっていく場面があるが、そこでヒッチはヴェルヴェットの豪華なローブを作らせようとしたところ、 彼女は、「家にたったひとりで居て、電話に出るだけなのに、そんなものを着ていくのはおかしい。 ここは絶対にナイト・ガウンです」と主張し譲らなかった。 寝室の逆光に浮かび上がるグレイスのなまめかしさや、大きく開いた背中や首を締められてばたつく足のセクシーさ加減は、ヒッチの予想をはるかに超えた効果を生んでいる。 「殺人は上品でなければならない」とは、ヒッチの口癖であったが、現実の殺人はふつうグロテスクなもの。 だから、グレイスの存在そのものがすでに、ヒッチのサスペンス映画を成立させる要素を持っていたと言える。 頭の回転の良さと行動力、それにウィット。 ヒッチを虜にしたグレイスは、続く『裏窓』、『泥棒成金』でも彼の女神であり続けたのである。
彼女はフィラデルフィアの裕福な家に生まれた。 アイルランド人の彼女の父は、建築家で、一代にして富を築き、子供たちにはスポーツを通じて不屈の精神を教えると同時に、優雅に負けることの大切さをも説いた。 グレイスは両親の反対を振り切って、単身ニューヨークへ。 モデルの仕事をしながら演劇の勉強をしていた。 その時、『真昼の決闘』(1952年)の新人女優を欲しがっていたスタンリー・クレイマーの目に止まる。 こうして面接に帽子をかぶり、白い手袋をしてきたグレイスは幸運なデビューを飾ることになる。
ヒッチは彼女のことを「雪を頂いた活火山」(外側は雪のようにひんやりしているが、内側は燃えたぎっている女という意味からか)と呼んだそうだが、 「クール・ビューティ」だけでは語りきれない彼女の魅力を端的に表現した言葉である。 ヒッチは彼女の表面を覆っていた雪を解かし、活火山の正体をあらわにさせていくのである。 解けそうには見えない雪が突然解けて燃えるような火山が正体を現すように、一見、冷たそうで育ちもよさそうな無垢な女が意外な振る舞いをしてしまう。 そのことにヒッチは、スリリングな愉しみを見出していたのかもしれない。 以後の作品をすべてグレイスで撮りたいとまで言っていたヒッチだったが、 その女神をモナコのレニエ公にあっさり奪い去られてしまう。 ヒッチをはじめたくさんの人々のラヴ・コールにもかかわらず、ついに彼女は銀幕の世界に戻ってくることはなかった。
犯人を先にバラしてしまうところは「刑事コロンボ」的な作品。 元テニス選手のトニーは、その妻マーゴがマークという推理作家と関係しているのを知る。 富豪であるマーゴとの離婚は、トニーに贅沢三昧の生活からの決別を強いることになる。 そこでトニーは旧友のレズゲイトに彼女の殺害を依頼して、その遺産を手に入れようとするが…。 限定された空間、計画殺人、さらに電話、はさみ、ストッキングなどの小道具の面白さに加え、この作品では鍵が、文字通り犯罪のキー・ポイントになっている。