第168回紹介作品
タイトル
ヒッチについて私が知っているニ、三の事柄 〜1950年代の作品を中心に〜 その8
紹介者
栗原好郎
作品の解説
陰謀に巻き込まれた主人公が右往左往する話は、戦前の『暗殺者の家』(1934年)や『三十九夜』(1935年)、さらに戦後の『知りすぎていた男』などにもあるようにヒッチの定番である。 ふとしたことから国際的なスパイ組織の陰謀に巻き込まれた男が、ニューヨークやシカゴなどアメリカ各地を追跡の手を逃れ転々としながら真犯人を追い詰めるという、 息詰まる場面の連続なのが50年代最後の『北北西に進路をとれ』(1959年)である。
最大の見せ場は、ケイリー・グラント演じるロジャーが大平原の中のバス停に誘い出され、軽飛行機に襲われるシーンだろう。 ヒッチはこうした追撃シーンにありがちな深夜の街角と対極にある、真っ昼間の大平原を選んでいる。 この「コーン・フィールド・チェイス」と後世呼ばれることになる名場面はサスペンスとアクションの醍醐味を十分に堪能させてくれる。 また、歴代大統領の顔の彫刻で有名なラシュモア山でのチェイスシーンも圧巻である。 活劇の終わった後に寝台車の中のC・グラントとエヴァ・マリー・セイントの幸せいっぱいの二人にカット・インする幕切れも鮮やかで洒脱。 この作品タイトルは、ハムレットの次のようなセリフからとられている。 「ハムレットの狂気は北北西の風の時に限るのだ。 南になれば、けっこう物のけじめはつく、鷹と鷲との違いくらいはな」。 「北北西」は、失われた方向感覚と予測がつかないプロットにつながるキーワードとなっている。
怖がらせるのと笑わせるのは共に、描く対象が問題なのではなく、対象をどう描くか、つまりいかに語るかにかかっている。 サスペンスの中にあふれるユーモア感覚はヒッチの映画的話術の天才を象徴的に表している。 1950年代はアメリカは「赤狩り」の真っ只中。 しかし、そうした暗い時代を尻目に、ハリウッドの豊富な資金力と、スター・システムの威力を存分に生かしてヒッチは絢爛たる作品群を紡ぎだしていった。 この後、60年代に入ってもその勢いは衰えることなく、『サイコ』(1960年)、『鳥』(1964年)とヒッチの快進撃は続くのである。
【参考文献】
1.筈見有弘+フィルムアート社編集「ヒッチコックを読む」(本の映画館|ブック・シネマテーク2)、1980、フィルムアート社 2.ヒッチコック/トリュフォー「映画術」、山田宏一・蓮實重彦訳、1981、晶文社 3.ドナルド・スポトー「ヒッチコック」上下二巻、勝矢桂子・長野きよみ・堀内静子・相原真理子訳、1983、早川書房 4.筈見有弘「ヒッチコック」、1986、講談社現代新書 5.衛星映画マラソン365共同事務局編「外国映画ベスト200」、1990、角川文庫 6.キーワード事典編集部「ヒッチコック 殺人ファイル」([キーワード事典]朝までビデオ5)、1990、洋泉社 7.衛星映画マラソン365共同事務局編「名画パラダイス365日」外国映画編、1991、角川文庫 8.文藝春秋編「ミステリー・サスペンス洋画ベスト150」、1991、文春文庫ビジュアル版 9.タニア・モドゥレスキー「知りすぎた女たち〜ヒッチコック映画とフェミニズム」、 加藤幹郎+中田元子+西谷拓哉訳、1992、青土社 10.大山真人「アルフレッド・ヒッチコック〜偏執狂的サスペンス講座」、1992、メディアファクトリー 11.ドナルド・スポトー「アート・オブ・ヒッチコック」、関 美冬訳、1994、キネマ旬報社 12.ロバート・A・ハリス&マイケル・S・ラスキー「アルフレッド・ヒッチコック」、 日笠千晶訳、1995、シンコー・ミュージック 13.橋本勝「ヒッチコック・ゲーム」、1998、キネマ旬報社