第181回紹介作品
タイトル
『野火』
1959年、 監督 市川崑 105分
紹介者
栗原好郎
作品の解説
市川作品には小説の映画化が結構多い。 原作がある場合、「原作と映画」という不幸な関係が取り沙汰される。 今回の『野火』も大岡昇平の小説が原作であり、主人公の田村一等兵の視点で書かれている。 田村が見た世界を読者は追体験することになる。 原作も映画も声高に反戦を叫ぶことはしない。 田村の心理を丁寧に追ってゆくだけである。
小説自体、大岡自身の体験に基づいていて、必要以上の誇張も虚飾もない。 小説が抽象的なままで表現できるのに対し、映画はもっと具体的に場面設定をしなければならないわけで、その意味では原作にあるキリスト教の神やカニバリズムの問題は視覚芸術である映画では扱いにくい問題かもしれない。 原作では田村が復員して精神病院にいる描写が終わりに来るが、映画では田村はまだ戦場にいて、はるか彼方に野火を遠望しながら敵陣に向かって歩いて行く場面で終わる。 両手を挙げて進みゆく田村が、敵の玉を受けたのか、ただ疲れ切って倒れたのか、さだかではないエンディング。 彼は解放されたのか? 海外ロケは行わず、全て国内で撮影を敢行。 今年、塚本晋也の新作『野火』が公開されたので比較してみるといい。