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第21回紹介作品

タイトル

『白痴』
1951年、監督 黒澤明 166分

紹介者

栗原好郎

作品の解説

 原作と映画はたいていの場合、不幸な関係にある。原作を読んだ者には、 原作を基に2時間程度に編集された映画には欠落している部分ばかりが目に付くということが多い。 ましてや原作が外国の作品であり、世界的に見てもその知名度が揺るぎ無いものであればなおのこと、 その映画化には困難がつきまとう。

 しかし、黒澤明の「白痴」(1951年)は違った。 公開当時の不人気はキューブリックの「2001年宇宙の旅」でも同じ事で、優れた作品にはよくあることだが、 今もって、「白痴」の、いやドストエフスキー的世界の最良の表現として、黒澤作品は語り伝えられる。

 この作品が、本国ロシアの作品よりもうまくドストエフスキーの世界を描いているとして 評価される一番の理由は、おそらく、亀田(原作ではムイシュキン)を演じた森雅之の演技による所が大きいだろう。 一歩間違えれば、ただの滑稽なしぐさや言動になるところを、森は白痴の持つ聖性と喜劇性を同時に表現している。 神聖さと滑稽さとはもともと紙一重のものであり、それを、森の、相手を見ているようで見ていない視線が、 実にうまく表現している。その遠くを見据える視線は神の眼差しにも似て神々しい光を帯びる。 それに、森は受けの演技が実にうまい。相手が演じやすいように受ける森。 黒澤自身、「話している人より聞いている方が大事」だと語っているように、 森の演技の根幹にあるものは監督の演出術とも十分合致するものだった。

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