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第25回紹介作品

タイトル

『ミツバチのささやき』
1973年、監督:ヴィクトル・エリセ 99分

紹介者

栗原好郎

作品の解説

ミツバチのささやき

 監督のエリセがアナとイサベルの姉妹について次のように語っている。 「対照的な姉妹が必要だった。実際は同い年なのに、イサベルはすでに映画は虚構と知っていた。 アナはまだ現実と虚構の区別がつかず、映画の中のできごとをすべて信じてしまう。 映画のアナは本物のアナでもあり、その意味で、これはアナの成長のドキュメンタリー映画ともいえる」。 イサベルの役名は、偶然、本名と同じだった。アナは脚本ではデリヤになっていたが、 アナの反発で本名と同じアナに落ち着いた。 自分に目覚め始める不安定な幼年期を、外見も対照的な姉妹を配して描いた詩情あふれるファンタジーとなっている。 アナは黒い髪に大きな瞳、イサベルは金髪で切れ長の目。 一見、姉妹には見えない二人の内面性を優先した配役となっている。

 この作品は、まだフランコ将軍の独裁が続いていた1972年の作品である。 スペイン戦争直後の40年頃、カスティーリャ高原のある村に巡回映画がやってくる。 上映されるのはボリス・カーロフ主演のアメリカ映画「フランケンシュタイン」(31年)。 「世界一すごい映画だよ」という興行師の言葉は、子供たちには魅力的に響いた。 スクリーンでは少女と大男が池に花を浮かべている。画面に見入るアナは、姉のイサベルにきく。 「怪物はなぜ女の子を殺したの」。その夜、イサベルはアナにささやく。「映画の中のことは全部ウソ。 彼は怪物じゃなくて精霊なの。村外れの家に住んでいて、お友達になれば話ができるわ。 目を閉じて、『ソイ、アナ(私はアナよ)』と呼び掛けるの」。アナはその言葉を信じた。 アナの瞳には、まだ幻影と現実との区別はない。精霊が住むという廃屋で、アナは隠れていた逃亡兵に出会う。 彼女にとって彼は精霊なのだ。しかし、彼は殺され、アナの前から消える。 家を出た彼女は、夜の池のほとりで、新たなフランケンシュタインに遭遇する。 ソイ、アナ・・・。

 エリセは寡作の監督である。この「ミツバチのささやき」が完成した後、 次作の「エル・スール」が完成したのは10年後の1982年。 日本公開は共に85年になってから。「エル・スール」からさらに10年後の1992年、 「マルメロの陽光」を完成させる。 この作品は同年5月のカンヌ映画祭で審査員賞と国際批評家協会賞を獲得している。 10年に一本というゆっくりとしたテンポでエリセは作品を撮っている。

 エリセは、遠景に遠ざかっていく人たちを撮るのがうまい。 母親が自転車で駅に手紙を出しに行くあの長いロングショットとか、子供たちが、 遠くの一軒家を丘の上から見詰めている俯瞰気味のロングショットなど、時間と空間が徐々に奥まっていく感じが素晴らしい。 トーキーなのにサイレント映画を見たような印象を持ってしまう作品である。

 

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