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第26回紹介作品

タイトル

『小便小僧の恋物語』
1995年、監督:フランク・ヴァン・パッセル 90分

紹介者

栗原好郎

作品の解説

小便小僧の恋物語

 冒頭、クレジットが映し出される中、踏み切りの警報機のランプが心臓の鼓動のように点滅する。 クレジットが終わると車に乗った家族連れの楽しそうな風景が流れ、その直後、一人の青年が画面に向かって歩いてくる。

 幼い頃、ハリーは自分のために踏み切り事故で家族を失った。 彼が小便をしようとして車を降りた時、車は踏み切りの上にあった。 用便を済まして彼が振り返ると、家族が乗った車に電車が突っ込んできて彼以外の家族はいなくなった。 ハリーが最後に母親に言った言葉は「愛してる」というものだった。その後、彼は孤児院に入れられ、髪の毛と感情を失った。 事故から18年、成長した彼は、ふと入ったレストランで料理の腕を見込まれて働くことになる。 ブリュッセルの小便小僧駅の近くに部屋を借りた彼は、同じアパートの住人で路面電車の運転手をしている女性ジャンヌと親しくなる。  ジャンヌはそれほどの美人ではないが、ハリーは何か引かれるものを感じている。ジャンヌもまんざらではない。 彼女はアパートの管理人のデニーズと仲が良く、いつも二人して噂話に花を咲かせている。 ハリーもその二人の話題の重要な登場人物である。チビのジャンヌとデブのデニーズのコントラスト。 二人がめかし込んで酒場に行き、ジャンヌが金色の靴をはいて踊りまくる場面があるが、 それは、赤い靴をはいたモイラ・シアラーを彷彿とさせる。 しかし、二人の詮索にもかかわらず、ハリーは自分を表現しようとしない。 むしろ、自分の気持ちを素直に表現することを禁じられたハリーは、心の葛藤にさいなまれる。 「愛してる」とジャンヌに言うことは恋の破綻を意味するのだから。 ティム・バートン監督の「シザーハンズ」でジョニー・デップが愛する女性を抱くことを禁じられているように、 禁じられることでその想いが一層深いものとなる。 ジャンヌに金色の靴を贈っても、仕事を増やしてせっせと貯めたお金をはたいて買った車をプレゼントしようとしても、 ハリーは思うようにジャンヌに自分の想いを伝えることができない。 しかし、最後に彼の想いが通じたかに思えた瞬間、悲劇的な結末を迎える。 ジャンヌがもらした「愛してる」という言葉がハリーに、過去の記憶を甦らせ、彼の恋を実らぬものとしてしまう。

 ベルギーの新鋭パッセル監督の長編処女作で、カンヌ映画祭で絶賛された珠玉の名編。 青のトーンが実に美しく、映像詩とも言える佳品で、全体としてメルヘン・タッチで展開する。 先年、早世したポーランドのキェシロフスキー監督の「トリコロール・青の愛」でのブルーの世界と呼応するものがある。 誰もいない路面電車に乗ったハリーが、突然動き出した電車に戸惑いながらも、 運転席にいるはずもないジャンヌを夢想しているラストシーンは、軽快なバック音楽と相俟って実にすばらしい。 ハリーが路面電車の運転手のジャンヌに引かれたのは、家族を踏み切り事故で亡くした彼の思いがそうさせたのだろうか。 行き先のない電車に乗ったハリーはどこへ行くのだろうか。小便小僧が人間になって女の人に恋をする。 それはアンデルセンの「人魚姫」に似て悲しさが物語全体に漂う。叶わぬ恋のメルヘンは、観る者に複雑な余韻を残す。

 

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