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第30回紹介作品

タイトル

『シベールの日曜日』
1962年、監督:セルジュ・ブールギニョン 116分

紹介者

栗原好郎

作品の解説

「シベールの日曜日」の墨絵的世界

 監督のブールギニョンにとって、この映画は長編劇映画第一作。 彼はジャン=ピエール・メルヴィルなどの助監督を務めた後、インドネシア、ボルネオなどへの探検隊に参加した。 その後十本以上の短編映画を撮ったが、1957年には長編記録映画「秘境シッキム」を発表している。 アンリ・コルピ監督の「かくも長き不在」(1961年)と同じように、この「シベールの日曜日」も戦争の後遺症が、 大人の男と少女の極度に純化された愛の中に描き抜かれている。 監督はこの映画を撮るにあたり、日本の墨絵を参考にしたと語っているが、 黒と白の絶妙なコントラストがうっとりするような美観を醸し出している。 透き通るような空間で構成された映像詩。 幽玄の世界を彷徨う二人の姿は、荘重な音楽と相俟って、われわれを幻想の世界へと誘う。 世俗が抹殺した無垢の魂への鎮魂の音楽が重く心に残る作品だが、リュック・ベッソン監督のハリウッド進出第一作 「レオン」も、おそらくこの作品の強い影響下で作られたものだろう。 「レオン」で孤独な殺し屋を演じたジャン・レノと、親兄弟を殺された少女を熱演したナタリー・ポートマンの、 年の離れた男と女の純愛物語という設定は、ベッソン監督の独創ではなかろう。

 舞台はパリ郊外の町アヴレー。フランス軍の戦闘機のパイロットだったピエールは、 インドシナ戦争で撃墜され、その後遺症で記憶を失うがそれでもアヴレーに戻ってきた。 パリの病院で看護婦をしているマドレーヌは、ピエールを熱愛し、彼と同棲している。 ふとしたことから、ピエールは近くの寄宿学校にいる少女フランソワーズと知り合いになる。 「日曜日にはきっと会いに来て」という少女の願いで、二人は日曜日ごとに手をつないで公園を散歩するようになる。 孤独な魂の交感。三十代の男と十二歳の少女との透明感あふれる愛。池に石を投げると波紋が広がる。 その静謐な風景は墨絵のような陰影を画面に浮かび上がらせる。 公園を歩く二人の姿は精霊のようであり、木や水の精とダブル・イメージで捕えることが出来る。 やがて、二人の関係は、ピエールと同棲しているマドレーヌの知るところとなる。 マドレーヌはこの少女に嫉妬を覚える。二人の姿は町の人たちの目にもとまり、あらぬ噂を立てられてしまう。 そしてピエールは、クリスマスの晩を少女と二人だけで祝っているところを警官に見つかり、誤って射殺されてしまう。

 少女の名前について一言。フランソワーズというのは仮の名で、実はシベール。 映画のタイトルの「シベールの日曜日」は「彼女の日曜日」だったのだ。 シベールとは、フランス語では、神々の母とされる大地、豊穣の女神キュベレを指す。 また、音だけを問題にすれば、「Si belle」という連想で、「とても美しい」という意味を暗示させて、 少女のあの少し大人びた天使のような輝きをうまく表現している。 男の記憶が甦ったと思われた瞬間、二人に悲劇が訪れ、少女は言葉を失う。 「名前なんかないわ。もうないのよ」「もう誰でもないのよ」という悲痛な言葉が観客の胸に突き刺さる。 フランソワーズの眼に自分が殺したと信じたヴェトナムの少女の眼を重ねた男にとって、 それは過去を払拭できる最後の機会だった。 また親に捨てられ寄宿舎に暮らす少女にとっても、孤独を慰める父を越えた存在としてピエールを考えていただろう。 その孤独な魂が浄化される瞬間に悲劇が訪れる。墨絵的世界にシベールという名前は封印され、永久に復活する事はないのか。

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