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第46回紹介作品

タイトル

「アイズ・ワイド・シャット」
1999年、 監督 スタンリー・キューブリック 159分

紹介者

栗原好郎

作品の解説

1999年7月、キューブリックの遺作である「アイズ・ワイド・シャット」が公開された。 オープニングとラストを飾る、どこか物悲しくて、人間の深層を垣間見させるようなメロディーは、 実はショスタコーヴィッチの「ジャズ組曲ワルツ第二番」だ。 原作はユダヤ系のシュニッツラーの「夢小説」(1925年発表)。彼は19世紀末から20世紀にかけて活躍したオーストリアの作家であり、 同時代を生きたフロイトの世界を題材に作品を書き続けた。彼の作品には他にも、マックス・オフュルスなどが映画化した「輪舞」などがあり、 ワルツとは縁が深い。そういえばキューブリック自身も以前、「2001年宇宙の旅」などで、ウィンナ・ワルツを使っていた。 仏教の輪廻思想にも通じる愛の輪舞を遺作としたキューブリックも、シュニッツラー同様ワルツを必要としていたのかもしれない。

さて、「アイズ・ワイド・シャット」では、原作のフリドリンとアルベルティーネはそれぞれ、ビルとアリスに置き換えられている。 一見幸福そうに見える、医師のビルとその妻アリスが、一人娘を預けて、ビルの患者であるヴィクタ―が主催するパーティーに出掛ける。 アリスはシャンパンに酔ったあげく、初老の紳士に言い寄られる。一方、ビルはモデル風の二人の女の子にまとわりつかれたりする。 パーティーから帰った二人は鏡の前で激しく愛し合う。しかし、次の夜、ベッドでマリファナを吸いながらくつろいでいた二人に諍いが起こる。 原因はアリスの、「あの二人とファックした?」という一言だった。それから話は次第にエスカレートしていき、 アリスは昔、不倫をしたいと思ったことがあると告白する。それを聞いていたビルは嫉妬に駆られ、やがて街に飛び出す。 彷徨を続けるビルは学生時代の同級生がジャズピアニストをしているクラブに入る。 そこでその友人の口から、郊外の邸宅で、秘密のパーティーが開かれているという話を耳にする。 真夜中過ぎに彼は貸衣装屋を叩き起こし、タキシードとフード付きのマントと仮面を借りて、パーティーに潜入する。 パスワードは「フィデリオ」。この黒魔術的なパーティーで、ビルはこれまで味わったことのない死の恐怖を味わう。 幸運にも無事に、パーティーの会場を出たビルだったが、パーティーの謎解きに奔走するうちに、 次第に死の影が自分に忍び寄って来るのを感じる。 彼はやっとの思いでアリスのもとに帰ってくるが、憔悴しきった彼が目にしたものは、 アリスの眠る横に置かれた自分がパーティーで被っていた仮面だった。

性への欲望は死と隣り合わせであり、それはキューブリック自身の死への欲動、あるいは強迫観念と確実に重なる。 クレジットの一番最後のところに何気なく書かれた「The End」の文字は、 この映画の終わりを意味すると同時にキューブリック自身の死をも暗示してはいまいか。 エンド・マークが殊更大きく画面を占めるのではなく、クレジットの終わりの添え物として記されること自体が、 仰々しさの対極にあるキューブリックの死を象徴してはいないだろうか。

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