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第53回紹介作品

タイトル

『父ありき』
1942年、監督:小津安二郎、94分

紹介者

栗原好郎

作品の解説

小津の作品では、成長して親が子と同居する展開はあまり観られない。 以前紹介した『一人息子』でも、子供は東京の場末で所帯を持ち、ささやかな暮らしをしているが、母親を田舎から呼び寄せる余裕もない。 この作品でも父と息子は、別々の土地で生活することになり、息子は父親との生活を希望するが、父親の方は決然としてそれを認めようとしない。 また、旧制中学へ進学した息子が成長して、父親に再会する場面自体も極めて少ない。息子が徴兵検査のついでに父親のいる東京へやって来た時、 昔の同僚の娘を息子の嫁に世話してまもなく父親は脳溢血で亡くなってしまう。戦後の作品においても、例えば、原節子が最初に小津映画に登場した『晩春』でも、 さらに『秋日和』でも、親と子は別々の生活の道を選ぶし、選ばざるを得ない。『父ありき』の時代はもちろん、小津が戦後、 大船調と呼ばれる作品を撮り続けていた昭和の20、30年代においても、核家族という考え方は基本的にまだそれほど社会的に認知されていなかったのではないか。 そうした時代にあって、小津の核家族へのこだわりは異様なほど強い。この作品でも息子が子供の時、さらに成長してからと、二度、父親と釣りを楽しむ場面がある。 釣り糸をたれ、反復して同じ動作を繰り返す父子だが、次第にズレを生じ、気がついてみると大きな隔たりが生まれている。 その先には父親の死が待っている。永遠の別れが、そのささやかなズレの先にはあったという厳粛な事実は何を意味するのか。

     

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