第67回紹介作品
タイトル
『心の地図』〜不変のものを追い求める〜
1993年、 監督 ヴィンセント・ヴォード 105分
紹介者
栗原好郎
作品の解説
デパートの屋上から下を見ると怖くても飛行機から下界を見下ろすと、ちょうど地図を見ているようで、不思議と恐怖感が消えてしまうことがある。 今回の作品の場合もこの視点の高さが問題になる。
運命的な出会いをするイヌイットと白人の混血児アヴィックと、インディアンと白人のハーフであるアルベルティンも共に、 申し合わせたようにそれぞれ空軍の爆撃手、さらに航空写真の分析家になったりするわけで、空からの視点という意味では一致している。 またこの二人の交歓の場が気球の上であったり、ロンドンのロイヤルアルバートホールの天井の上であるという具合に、やはり常に高い所に作者の視点が置かれている。 これは混血というものに対する世界の偏見を越えた、いわゆる俯瞰する眼差を感じさせる。 彼らは二つの文化のどちらにも属することができないし、 またどちらにも受け入れられない。 最終的には自分でどちらかの文化を選ばなければならない運命を担っているのだが。
アヴィックとアルベルティンは共に周縁にいるがゆえに、空に憧れる。 高い視点は民族的対立をはるかに越えた眼をわれわれに与えてくれる。 あの『星の王子さま』の不可思議な世界は、やはり、作者サン=テグジュペリがパイロット、つまり空の旅人であったことに起因する。
『星の王子さま』には地理学者が登場するが、今度の映画もアヴィックをはじめ、まさに地図に取り付かれた人たちの物語である。 この世は、はかなく移りゆくものだが、変わらぬものの象徴が実はこの地図なのだ。 だから運命に翻弄される人間が、確固とした不変のものを追い求めるドラマともいえよう。 アヴィックが盗み出したアルベルティンのX線写真は、まさに文字通り、タイトルと同じ『心の地図』であり、ラストで死にゆくアヴィックが見たアルベルティンとの幸福な風景は、 まさに彼の「心の地図」の終楽章なのだ。