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第72回紹介作品

タイトル

『トリコロール/青の愛』
1993年、 監督 クシシュトフ・キェシロフスキ  99分

紹介者

栗原好郎

作品の解説

トリコロールとはフランス国旗(青、白、赤の三色旗)を表すわけだが、それは、自由、平等、友愛というフランス革命の掲げたスローガンをそれぞれ象徴している。

この映画の冒頭、郊外を走っていた車が木に激突し、ジュリーは意識不明の重体となり、運転していた夫パトリスと娘アンナは死ぬ。 事故の現場を偶然、目撃した少年がいたが、この少年にも生き残ったジュリーにも惨劇の全容は不明のままだ。 死者の顔、大破した車の内部すら画面には出てこない。 観客は、宙づりにされたような不安感を引きずりながら、病院でジュリーが意識を取り戻す場面に遭遇する。 この場面でも状況がつかめぬまま恐怖におびえるジュリーの目のあたりをなめるようにカメラがとらえている。 前作の『ふたりのベロニカ』の時もそうだったが、因果関係の説明がほとんどなされず、近い視点から次第に距離をおいた視点へ、つまり、虫眼鏡をのぞく時のように次第に焦点を合わせていくカメラワークなのだ。

ひとり生き残ったジュリーは絶望のあまり自殺を図るが果たせず、紆余曲折を経て、欧州統合祭のための協奏曲を委嘱されていた夫の意志を継いで、協奏曲の完成へと動き出す。 そこに夫の同僚や愛人などがからみ、複雑な人間模様を繰り広げる。 ジュリーは夫や娘の死により、今までの束縛から逃れ、青が象徴する自由をつかむことができるのか。

青いモビール、プールの水など、映画全体至るところ、青い光が満ちている。 オランダのフェルメールやレンブラントなどの絵に見られるような、やわらかい光が差し込む風景。 まぶしいばかりの光線ではなく、幽けき微光。 そしてそれが青いオブジェに反映する時、その光源の先に神の存在を思わせ、ために光線は神々しいまでの輝きを見せることになる。 まさに光の魔術師の技だ。 監督はポーランドのキェシロフスキ。 また息をのむようなプレスネルの音楽は人間への懐かしさを感じさせてやまない。 この『青の愛』は『白の愛』、『赤の愛』へと続く『トリコロール』三部作の第一作であり、この作品群を協奏曲にたとえれば、その研ぎ澄まされた第一楽章の幕開きなのだ。

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