第73回紹介作品
タイトル
『さらば、わが愛』
1993年、 監督 チェン・カイコー (陳 凱歌) 172分
紹介者
栗原好郎
作品の解説
「四面楚歌」という成句の元になった漢と楚との垓下での戦は、『覇王別姫』という京劇の古典的傑作を産んだ。 今回の映画はこの歌劇を劇中歌として、京劇の盛衰、激動の時代の変遷、それに翻弄される人間の運命という三つのテーマを描いている。 また、同性愛者の情熱や、陰謀と背信の渦巻く時代の流れに、京劇の高度に様式化された舞台のあらゆる動きを重ね合わせることで、さながら歴史絵巻物の観を呈している。 B・ベルトルッチの『ラストエンペラー』を京劇の世界に移したような感じもしないではないが、香港の人気俳優、レスリー・チャン演じるディエイーの息をのむような、陶酔的なまでの美しさに脱帽。
この京劇という伝統芸能は、日本でいうとさしずめ、歌舞伎に相当する。 京劇はその昔、あらゆる役を男が演じ、ディエイーのように女形を専門にする者は裏声で歌ったわけだが、言葉・衣裳・化粧・仕草、さらに眼の動きまでもが、極めて複雑な約束事に従っているので観客は舞台から眼が離せない。
今回の作品は、J・カンピオンの『ピアノ・レッスン』と共に1993年カンヌ映画祭でグランプリを受賞した秀作でもあり、京劇の看板役者のシャオロウとディエイーの愛憎の50余年をきらびやかな京劇の世界と、日中戦争から国共内戦、さらに共産党政権樹立、文化大革命とその余波にいたる動乱の時代の中に描いた一大叙事詩ともいえる。
夕暮の光に照らし出された煙という情景を作り出すことで、京劇の黄金時代だった1930年代の雰囲気を醸し出し、さらに歴史的な距離感を出すために、フィルターを用い、古い写真のような効果をも狙っている。 また、ディエイーは、『覇王別姫』の項羽の愛妾、虞姫と同じく、最後には、自ら死を選ぶわけで、その意味では二重のドラマが展開する。 監督はチェン・カイコー。