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第74回紹介作品

タイトル

『釣りバカ日誌6』
1993年、 監督 栗山富夫  96分

紹介者

栗原好郎

作品の解説

今や『寅さん』を超える人気の『釣りバカ』。 浜ちゃん、スーさんの釣りバカコンビが、弥次・喜多の珍道中よろしく、今回は釜山へアイナメ釣りに出かける。 名優、三國連太郎(スーさん)も真っ青の西田敏行(浜ちゃん)の絶妙な演技に、満員の館内にも爆笑のうずが巻き起こる。

かけ合い漫才にも似た二人の旅は、しかし現実には起こりそうもない。 『寅さん』もそうなのだが、観客はこの『釣りバカ』に希望的現実、あるいは現実のようなものを求めている。 寅さんの帰る柴又は、現実にある地名であっても、身勝手な旅を続ける寅さんをいつも暖かく迎えてくれる町の人々は、実は映画の中にしかいない。 好きな時にぶらっと戻ってきてまた旅に出る、ほとんど生活力もない「とらや」の跡とりが、いつも皆に歓迎され、許されてしまう風景は、われわれの夢の中でのみ存在するものなのだ。 一方、『釣りバカ』でも社長と平社員が職場の上下関係を離れて、親しく釣り仲間として付き合う。 これはありそうであるが、なかなか実際にはない関係なのだ。

日常の上下関係という、どうしようもないしがらみを超えたところに、わずかな希望を観客は見出す。 浜ちゃんが社長に、スーさんがその運転手にまちがえられるという今回の作品は、そうした庶民の複雑な感情を、実に巧みに反映したものとなっている。 それに毎回、楽しみなのが、浜ちゃんのでっかいおなか。 松竹の大画面に躍動するおなかは見る者を妙に安心させてしまう。

『寅さん』でも『釣りバカ』でも、実は「別世界」のことだからこそ、生々しさがなく、観客も素直に受け入れられるのかもしれない。 しばし、現実から逃れて、笑いのうずに巻き込まれたいという潜在意識をわれわれは持っている。 見終わって映画館から出て来た時、西部劇を見た後のような爽快感に浸ってしまうのだが、一日たつとまた、ふっと現実に立ち戻ってしまう。 現実のようなものと現実とのこの微妙なずれ、そのずれが生み出す笑い、そうしたものをないまぜにして、二人の釣り道中はまだまだ続く。

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