第95回紹介作品
タイトル
小津の遺作『秋刀魚の味』再考
1962年、 監督 小津安二郎 113分
紹介者
栗原好郎
作品の解説
1962年の11月に封切られたこの作品には、最後に小津としては珍しく、感情を表に出した主観的なセリフを主人公に言わせている。 「ウーム……ひとりぼっちか……」と。 こうした直接的な表現は小津の映画には非常に少ない。 娘を嫁にやった父親がその孤独感を吐露する場面だが、 実はこの同じ1962年2月に小津は最愛の母親を亡くしている。 実生活では、小津らしい諧謔で、母の死への哀惜を韜晦しているが、 こうした作品の中にひょっこりと母を失った孤独感が頭をもたげる。 それまで主観的な表現を避けてきた小津ではあったが。 そして翌年12月12日、生まれたその日からちょうど60年経った節目の日にこの世から去って行った。 母親がいなくなって、小津は心身に変調をきたしたのではないだろうか。 一体の関係に近い母親と小津は、どちらが先に逝っても、相手を呼び寄せる運命だったのかもしれない。