第55回紹介作品
タイトル
「フランス映画の謎〜『幸福』、『髪結いの亭主』、『妻への恋文』を読む」
紹介者
栗原好郎
作品の解説
フランス映画は先が読めない。アニエス・ヴァルダの『幸福』(1965年)では、幸福な家庭を描きながら、夫は愛人を作ってしまう。 しかし、妻と愛人の相克は描かれず、謎の死を遂げる妻についての論議もないままに、愛人が妻の座に座ってしまう。 要するに、妻の死以外は何ら変わることなく、日常は過ぎて行く。何も起こらない事の怖さ。 パトリス・ルコントの『髪結いの亭主』(1990年)でも、幸福の絶頂で、妻は豪雨の中、店を飛び出し、橋から濁流に身を投げてしまう。 残された妻の手紙には、夫婦の愛情が同情の愛に変わる前に逝きますと。さらに、極めつけは、ジャン・ポワレの『妻への恋文』(1992年)だが、 匿名の恋文まで出して妻の愛情を試す夫。妻の自分への愛を確認した夫の、さらなる過激な愛情表現、そして謎の死(?)。 意表を衝いた展開がミステリアスだが、全てこれ愛の絶頂での死を描いている。馴れ合いの愛情では耐えられない純愛物語的要素が、 この三作品には散りばめられているが、過剰な愛の行く先はやはり、幸福な家庭ということにはならない。この世では全てが移り行くわけで、 いつも変わらぬ愛情を求めるためには、自分の死によって瞬間を永遠のものにするしかあるまい。