第121回紹介作品
タイトル
『蓼科日記抄』の刊行に寄せて
2013年 蓼科日記抄刊行会編
紹介者
栗原好郎
作品の解説
小津安二郎の戦後の作品の制作意図などを知るための第一級の資料の一つである『蓼科日記抄』が刊行された。 (2013年8月1日初版第1刷発行) 小津が共同脚本を野田高梧と書いた「雲呼荘」に置かれていた日記18冊のおよそ6分の1が収録されている。 全文でないのが残念だが、小津が書いた部分は網羅されている。 この日記、「雲呼荘」を訪れた人は必ず一筆書くことになっていた。 戦後の小津の発言等については、これまでも『小津安二郎戦後語録集成』(1989年)、『全日記小津安二郎』(1993年)などにより知り得たのだが、 今回の『蓼科日記抄』の刊行でさらに制作意図を探る材料が増えたことになる。
ただ日記にこう書いてあるから、実作でこうなった、と言う風な因果関係では割り切れないのが人間だ。 日記にそう書いてあっても、そうしない事もあるわけだから、単純に創作の秘密が明らかになったと考えるのは少し危険かもしれない。 それに往々にして、われわれは書きたくない事は書かないものだ。 むしろ書かれてしかるべきことで何が書かれていないか、という事に注意する必要がある。 日記は必ずしも同時代、あるいは後世の人が読む事を前提に書かれていない事も多いわけだが、人間は意識するにせよ、意識しないにせよ、 自己防衛、自己韜晦をする生き物なのだ。 しかし、小津の映像作品を補完するものとして、今回の『蓼科日記抄』の公刊は意義深いものであることに何ら変わりはない。