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第118回紹介作品

タイトル

「小津安二郎と荻上直子」

紹介者

栗原好郎

作品の解説

スペインのホセ・ルイス・ゲリン監督は、松尾芭蕉と小津安二郎を愛する。 芭蕉と小津の共通点は俳句のような無駄なものをそぎ落とした洒脱な表現方法にある。 一方の荻上直子も『恋は五・七・五!』(2005年)を撮っている事でも分かるように、俳句的なおかし味を随所に感得できるような作品を監督してきた。 ちなみにこの作品は、いわゆる俳句甲子園を目指す高校生のラヴ・コメディである。 『トイレット』(2010年)然り。

小津は家族の肖像を描き続けた。 葬儀や結婚式には日頃顔を見せない兄弟も集う。 特に戦後の『晩春』以降は、つれあいの死、娘の結婚などどこにでもある話題を基に、 世界性を持ちうる作品を撮り続けた。 荻上は疑似家族を描いている。 必ずしも血のつながりのない者たちの共同生活がもたらす行き違いや誤解を独特の間合いとユーモアで描ききる。 現代は家族の時代と言うより、むしろ疑似家族の時代と言った方がいいだろう。 『トイレット』では、血のつながっていない者を含む家族のような生活が描かれ、 『かもめ食堂』(2006年)では、生い立ちも性格も年齢も異なる3人の女性が、奇妙なめぐり合わせから「かもめ食堂」の経営に乗り出す。 彼女らは疑似家族のようだが、本当の家族ではないので、お互い相手に対して遠慮がある。 好きなことが言えない距離感が、独特のおかし味の中に表現されている。 荻上は案外、小津に一番近い所にいるのかもしれない。

小津については彼自身が、「自分はトーキーの時代になっても、最後のサイレント映画監督と言われるのが本望だ」と言っているし、その俳句的手法についても、 「小津さんは人間を描くことを拒絶し、人間と人間の関係を描こうとしていて、そのためには和歌よりも俳句の手法が有効だと思ったんじゃないかと思います」と篠田正浩も述べている。 小津のセリフは短いものが多く、それは彼のサイレント映画の方法へのこだわりを示していて、その意味でも俳句的である。

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