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第120回紹介作品

タイトル

『わが母の記』
2012年、 監督 原田眞人 118分

紹介者

栗原好郎

作品の解説

似て非なるもの。 主演の役所広司がさしずめ原作者の井上靖のイメージだと思うが、 監督の原田眞人は小津映画の常連であった佐分利信と笠智衆を合わせたイメージを役所に託している。 確かに小津映画の引用が随所に見られるが、俳句的な世界を体現したような小津の軽みが感じられない。 脚本の行間に漂うものを観客に想像させても、何かが違う。 それは何か。 小津映画にある不在の者からの眼差し、それによって今いる者たちが見られ、規定されている不在の空間が見えない。 それに過剰な演技が、名作の条件である深読みと誤読を許さない。 戦争へ兵士として関わった小津が戦後、 大船調と呼ばれる穏やかな画調の中に忍ばせた戦争の傷跡がもたらすもの、それは模倣しようとする者を遠ざけてしまうのか。 戦地では肯定の精神の下に立ったリアリズムのみで、復員してきた小津は悲壮の根本にも明るさを盛り込みたいと言っている。 『麦秋』や『東京物語』では老夫婦が現状に失望しながらも、自分たちはまだいい方だ、幸せな方だと現状を肯定するセリフを吐く。 これは小津が戦場で生き抜くための基本姿勢でもあった。 現状を、いや人生をまず肯定する事、そこから小津の「戦後」は始まった。

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