小説家に野郎 Vol.4
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「先生。お久しぶりです。」
マリア助手は、巨大なパラボラアンテナを見つめる老人に後ろから声をかけた。
「先生はよしてくれ。もう引退した身だよ。」
そう返事をした老人はミッテル・ベルグ元教授である。通信工学の世界的権威であるが、数年前に大学を定年退職していた。二人の出会いは、マリアが学部一年生の頃に遡る。
当時、大学教授だったミッテルはマリアの才能に気が付き、研究室を自由に使わせたのだった。
「やっと静かな老後を過ごせると思っていたのだがね。こんなに早く復帰することになるとは思わなかったよ。」ミッテルは頭をかきながら言った。
「私にとって先生はいつまでも”先生”ですから。」とマリア助手は答えた。「世界中のアンテナをIDOLに向けるプロジェクトなんです。先生以外につとまる人はいませんよ。」
IDOLが発信する情報を受信するべく、世界中のあらゆる国・企業・団体・個人が所有するアンテナを使うプロジェクトが進行していた。ミッテルはマリア助手に頼まれてプロマネを務めることになっていた。
「それで復調作業の方は順調かね?」ミッテルはアンテナの横にある研究棟に向かって歩き出しながら尋ねた。
「ある種の素数列が含まれていることは分かっているのですが、それ以上はなんとも...」マリア助手もミッテルの後を追うように歩き出した。
「素数か。人工的な電波だと伝えたいのだろう。知的生命体は自身の存在を誇示したがるものだ。ゴールデンレコードみたいにね。」
「ゴールデンレコード? なんですかそれは?」
返答に驚いたミッテルは足を止め、マリア助手の方を振り向いた。
「君は昔から研究はできても、ものを知らないからいけない。教養を身に付けなさい。」
「はぁ。」先生の説教をマリア助手は鬱陶しく思いながらも懐かしさを感じた。
「ボイジャーだよ。探査機の。ボイジャーには地球文明の情報を収めた金のレコードが搭載されているのだよ。それがゴールデンレコードだ。そろそろオールトの雲を超えた辺りじゃないかな。」
「ボイジャーにそんなものが載っていたんですね。それより観測機器を載せてほしいですけどね。」マリア助手は少し口を尖らせて言った。「まだ、太陽圏を脱出した程度だと思いますよ。」
ミッテルは前を向くと、「その程度だったかね。それなら宇宙人からの返信ってわけでもなさそうだね。」とつぶやきながら再び歩き始めた。
マリア助手はミッテルの後ろ姿を見ながら何か引っかかりを感じた。
「オールトの雲」
「400年周期」
「ゴールデンレコード」
「探査機」
「IDOL」
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元谷幸一は、ソファに沈み込むようにして横になっていた。テレビでは、どのチャンネルも同じ話題を繰り返していた。
「各国は競うように投資を始めています。ある国では既に年間予算を超えており…」
天井を見つめたまま、元谷は「みんなしてIDOLに貢ぎやがって」と呟いた。
「俺にも少し分けてくれよ」乾いた笑いが漏れる。
そのとき、インターフォンが鳴った。
彼は面倒そうに身体を起こし、モニターを確認した。スーツ姿の人たちが見える。
「CIAか?」と独り言をいう。
事件だろうか。それなら近所のおばさまたちが騒いでいるはずだが、その様子はなかった。バイト先でトラブルだろうか。昨夜のレジのお釣りと売上にズレはなく、戸締りはきちんと確認して帰った。自分に落ち度はないと結論づけるとあくびをしながら玄関へ向かった。
ドアを開けると黒いスーツを着た女性が立っていた。彼女は無言のまま、数十枚の紙の束を掲げた。
視界に飛び込んできたタイトルに、元谷は身構えた。
「放射線駆動低温固相化学と熱サイクル誘起前生物化学進化の可能性」
元谷はかつて研究者だった。
指導教員は常に多忙で、研究室はほとんど放置されていた。元谷は、見限られているのだと感じていた。認められたい一心から研究を続け、教員に内緒で野心的な論文を公開した。
だが返っていた言葉は、「異端者」であった。研究室に居場所はなくなっていた。
自らアカデミックの世界から離れた元谷は地元に帰り、フリーターになっていた。
「恒星間移動偶像研究機関です。ご同行願います」
現在に引き戻すように、女性が名乗った。